街はトワイライ

CD屋トマト先輩の日々

世界の車窓から

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 時にユーミンのアルバム、時にじゃりン子チエ全67巻だったりした、収集ミニライフワーク、昨今は「世界の車窓から」。もう二度と会わない人々らが手を振ってるのをずっと見ていると沸いてくる、俺は世界の何も知らず、あの小さな路地に踏み込むこともなく死ぬのか、そういう言わばセンチメンタルが日本酒のつまみに最適であるわけだ。

 インド編はさすがにどの街よりもずっしりしたものがあった。バラナシという最大の聖地。「街をゆく遺体。ヒンドゥー教徒にとって最も幸福な死とはこの街で命果て、遺灰がガンガーに流され、輪廻からの解脱を得ることだと言います。川沿いの火葬場に煙が絶えるときはありません。」

 店をやるということ、街のひとつの灯りになるということ、それは足かせだろうか、不自由だろうか、そんな不安がよぎるといつも映画『スモーク』を思い出す。

ピザハウスJR【25点】

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ピザハウスJR(普天間店)

タコス 3ピース 680円

 

シェル3 (ハード□■■■■ソフト)

具3 (肉・チーズ・レタス・トマト)

サルサ3 (トマトソース)

味3 (濃い■■□■■あっさり)

ボリューム3

値段3

立地3

特別点4

トータル25/40

 なぜかあまり行かないピザハウス。タコスもはじめてだったが、だったので、予想外によかった。シェルはかなりハードなハーベストタイプ。しかしひとつひとつ紙袋に包まれているので(モスバーガー形式)ボロボロこぼれても食べやすい。スナックとご飯のちょうど間、赤とんぼとも近い感覚。他にもメニューがたくさんあるのでここでタコスをチョイスはなかなか大変でもありますが、全体のバランスよく美味しいです。ちなみに店舗改装したばっかりのタイミングだったようだ。

GATE1【19点】

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GATE1(豊見城店)

タコス 5個 750円

 

シェル2 (ハード■□■■■ソフト)

具2 (肉・チーズ・レタス・トマト)

サルサ2 (かなりケチャップ)

味3 (濃い■■□■■あっさり)

ボリューム2

値段2

立地3

特別点3

トータル19/40

 金武のお店の支店。お昼前今日も賑わっていて、パーラータイプ(中でもOK)ということとスナック感覚が強いということで、前回の「赤とんぼ」にも近い感じ。よりキンタコ寄りか。5個でワンセット、あふれず綺麗に食べれるサイズではあるが、しかしだいぶ小ぶり、これで500円なら・・・と思ってしまうちょっと物足りなし。サルサはほぼケチャップ。メニューがとても多い(そばまで)たくさんで来ていろいろ頼んで外席で食べるのは◎。

この春

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この春(2018.03-04-05)

ジャヴァン 『リラス』 1984

Lamp 『彼女の時計』 2018

キースジャレット 『賛歌Hymns/Spheres』 1976

ポッシュ 『エブリシングプレイ』 1991

EMELARD FOUR 『I Want To Be A Saint』 2017

ニューオーダー 『ロウライフ』 1985

HOLGER CZUKAY 『MOVIES』 1979

ヴァンゲリス 『大地の祭礼』 1984

RANDY NEWMAN 『TROUBLE IN PARADISE』 1983

未来にすべては懐かしい

久しぶりに懐かしいCDを聞いた。でたのは1994年なんだ。

調べたらちょうど20年前の1998年がCDのピークだったようだ。

90sからもう30年。なつかしい。すべては未来に懐かしい。嘆くよりCDが人類史上一番売れてたクレイジー時代に、その中に居れたのもぜんぶ懐かしい。おじいちゃん。

早川さん

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梅雨なのに青空の午前中、『I LOVE HONZI』聞きながら出勤したら、いつもの下り坂の向こう、遠くに見える白波にもこみあげるものがあった。何を言葉にして、何を言葉にしないか。歌。まだお疲れさまとはいいたくないので、やっぱりまたいつか。お会いしたい。生ピアノで歌うの姿が見たい。

記録メモ

 

 「世の中が進むにつれ、人工の明かりに夜の闇がうすれ、怖いもの、ふしぎなもの
が、急速に身近なところから消えてしまった。
 思えばもの心ついた頃から夜の闇が怖かった。あの漆黒の闇には、おどろおどろ
したもののけが潜んでいて、今にも掴みかかられるような気がして、身がすくんだ。
テレビがなく唯一の情報機関のラジオも雑音で聞き取りがむずかしく、子どもたちの
好奇心を満たすのは、大人から聞く昔語りの比重が大きく、それには夜の闇が重要
な舞台装置となっていた。
 山には山の神、川には河童が存在したのも乱開発を押さえ、子どもらを危険から
守る役目を果たしていたのかも知れぬ。それでは幽霊や狐火はどうだったのか。」
国香よう子 「座敷わらし考」より抜粋

 

 

 「絶対王政期に街灯がもうけられたパリでは、大革命からパリコミューンにいたる
まで、民衆蜂起と街灯破壊は不可分だったはなしは有名だ。闇の奪還は、戦略上
も生活上も、一つの民衆的要求項目だったのだ。」
酒井隆史+マニュエル・ヤン「歴史の亀裂を遊歩する山猫たち」『現代思想 2012.5』