そろそろ通天閣を離れようと読み始めた『浅草十二階』。序章22ページ目にして大阪へ戻される(笑)
元祖「凌雲閣」は大阪のキタにあった。浅草十二階よりほんの少し前、今の茶屋町あたりに「九階」建ての楼閣が、更にそれよりさらに少し前には日本橋に「五階」。エッフェル塔とほぼ同時期の高閣ブーム明治20年代頭。大阪。初代通天閣より20年ほども前だ。
しかし今の日本橋電気街といえばその頃は例の名護町(長町)があった場所。そんなスラム街に五階とは言え当時の最先端の高楼が建っていたというのはちょっと想像してなかった。非常に興味深い。一体どんな町だったのだろう。
「眺望閣は1904年(明治37年)ごろに、凌雲閣も昭和初期に取壊され現存しない。」ということを考えると、初代通天閣(1912年)は、ミナミの塔として眺望閣の存在を継いでるように思えてくる。いろいろな通天閣に関する本を読んだが、先にあった眺望閣のことについて触れているものはなかったような。
眺望閣 ミナミの五階 1888年(明治21)
凌雲閣 キタの九階 1889年(明治22)
浅草・凌雲閣 浅草十二階 1890年(明治23)