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街はトワイライ

CD屋トマト先輩の日々

儚さ

ダウンロードミュージックへの危機感、違和感について。ずっとうまく言葉にできなかったけど、今朝少しつかめた気がする。

その懸念は職業上が大部分、そして慣れの問題が大きいにしても、どうしてもぬぐえない、いや、なんか違うという抵抗。それの訳。いつも目に見える/目に見えない、手に触れる/手に触れないという観点で考え始めていたので、行き詰ってたのかもしれない、音楽は元々目に見えないものだからややこしい。

そこじゃなくて、存在という観点。「ある」と「ない」。

ダウンロードミュージックは「ある」か「ない」かしかない。その狭間に儚い移ろいはない。やっぱりそれはつまらないものだと思った。CD、レコード、カセット、形は変わっても手に取れるパッケージであるものは、「ある」と「ない」の狭間にドラマがある。手に入れる過程、傷もつくでしょう、ケースも割れるし、無くなったりでてきたり、貸したり借りたり・・・それは古びていくもの。我々人間と一緒。徐々に変わっていく、徐々に死んで行くという「儚さ」を持つもの。ずっと開いたままの花火って綺麗だろうか。

 

無くなっていくアーケード街、廃校になる小学校、、、変わってくもの愛しさのことを考えていたら、音楽のことと結びついた。無くならないでほしい!という気持ちだけがずっとあって、苦しかった。が、無くなっていく存在でありがとうーという気持ちが発見できた。無くなるからぐっと来るんだということ。その反するどちらも肯定するとだいぶ大きくなれる気がする。

 

日本はまだ外国に比べ、パッケージになったモノを所有する・したい人が多いと聞いたりするが、それはもしかしたら「儚さ」を尊ぶ人たちだからなのかなとか、ちょっとうまくまとめすぎか。

 

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つまりは儚さ。か。
ゼロか1かではなく、徐々に変化していくもの、(徐々に死へと向かっていく生命への愛着と同類の)への愛しさ。萌え

 

なくなってゆく景色とか古いものにいちいち嘆かないで済むようにするにはどう思えばいいかと考えてましたが、無くならないでーというその気持ちも、そして無くなってゆく存在でありがとうという気持ちと、反するどっちもを肯定すればいい気がしてきた。
それはごくありふれた儚さ萌え

 

要はCD、レコード買ってください!ということ。「ある」「ない」どっちがだけのものってやっぱ味気ないやね。「ある」と「ない」の間が僕らの一生なのだから。「ある」と「ない」の間の移り変わりを感じましょう。(PR)

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