大阪弁
「金明竹」、このほうの噺は、えー、ずいぶんたくさん、今でもやる方が、東京に居はりますけれど、わたくし一番やはり聞きまして、大阪弁に、やや近いなと感じましたのは、あの、えー先代のやはり亡くなられました金馬師匠、この方の「金明竹」に出てまいります、丁稚が大阪弁を使いますのが、まぁ一番、我々としましたら、大阪弁に近いのやないかいなと思て聞いとりましたんですが~
~またあの、現・圓生師匠がやられる三十石の中に、やはり大阪弁がでるんですけれど、圓生師匠もやはり大阪でお生まれになったんですさかいに、大阪の言葉うまいこと、使こてはりますが、やっぱし我々聞いてましても、うまいこと使こてはるというだけのはなしで、本当の大阪弁やございません。
そうですさかい尚更この大阪の人間が、江戸っ子を使うとなりますと難しゅうございまして~
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六代目笑福亭松鶴 ラジオ大阪「落語百選」より 本人自ら演目を語る『ざこ八』(75年8月OA)
はっとしたわけです。これは松鶴師匠だからこその耳、なのか、いややっぱり大阪の人なら誰でもわかってしまうもんなのか。前も書いたようになぜかその生い立ちの共通点から圓生師匠と中山千夏(じゃりン子チエの声)をだぶらせたりしていて、ああ、幼少期に住んでただけでも三つ子の魂じゃあないけど、大阪弁というのは抜けへんもんなんだなあと常々感心していたところだったので。チエちゃんの大阪弁も違和感あるもんなんかなあ。
まぁエセウチナーグチが見抜けるか見ぬけられないかと言われたら、見抜ける気は、気持ちはもっているが、その差ってなんだろう。