街はトワイライ

CD屋トマト先輩の日々

Nina Simone At Carnegie Hall (1963)

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「夢だったカーネギーホールの舞台。

でも本当はここで、バッハが弾きたかった。」

 

 数あるニーナ・シモンのアルバムの中でこれを選ぶ人は少ないように思う。音もあまり良くないし、決してベストなアルバムとは、特にベストなライブ盤だとは全く思わないのだが、こればかり聴いている。先に書くともしかしたらニーナのアルバムの中で最も「クラシック」な作品なのかもしれない。

 1963年5月12日のカーネギーホール公演後にリリースされたのだが、なぜこんなに地味で一風変わった選曲のライブ盤を出したのだろう。盛り上がるようなスウィンギンな曲は1曲もないし、熱いアフロもなし、2曲目にいきなりボーカルなしのインストピアノ曲、中盤急に日本のメロディ「さくらさくら」、B面も始終静かでラストのつながった2曲も1959年の初のライブ盤『At Town Hall』に2曲とも既に収録されている曲であり、ちょっと不可解な選曲になっている。実際、地味なアルバムを補うように?この後に同じ日のカーネギーホール公演から選ばれた2枚目のライブ盤『Folksy Nina (1964)』がリリースされている。

 4歳からクラシックピアノを習っていたニーナ、クラシックの聖地とされるこのニューヨークで一番有名なカーネギーホールの舞台に立つのが夢だったようだ。その腕は優秀で順調に進学していくが、カーティス音楽大学の入学に不合格となり(後にその理由が彼女が黒人だったからとわかる)、ピアニストとしての道を挫折してしまう過去がある。

 「この大舞台の、このピアノで、本当はバッハが弾きたかった。」

ニーナのその想いは大げさなものではないはず。既にシンガーとして注目されていたニーナに、カーネギーホールの観客が求めていたのは歌でありジャズ/ブルースであったのは確かであろう。そんなニーナの状況/心境を知ると、アルバム2曲目ピアノだけの「Theme from Samson and Delilah」はものすごく刺さる。あまりいい音質でない60年前の舞台から届く、優雅で美しくまた力強いピアノの一音一音が輝いている。彼女の絶たれた夢があふれ出してくるようで、静かに圧倒される。この一曲のためだけにもアルバムを手にしてほしいと思います。

 翌年1964年、奇しくも同じカーネギーホールの舞台でニーナは「Mississippi Goddam」を歌い、公民権運動の渦中へと突き進んでいくこととなる。

 

WHAT HAPPEND, MISS SIMONE?

ニーナ・シモン~歌の魂』

 

 この映画を見たいためにNetflixに入りました。ぜひみてほしい。映画を反芻するにひとつ出て来た感想としては、まだ小さかったニーナには宇宙人にみえたピアノの恩師も、そしてインタビューにずっとでてくる兄貴分のギタリストの人も、ふたりとも白人であるということ。それは白人にも良い人がいるというようなちっぽけなことでなく、もっともっとシンプルに人間の肌の色は人間の中身とほとんど関係がないということ。

 ちなみにニーナを妹みたいだと言っていて、ずっとそばに居たこのギタリスト、アル・シャックマン(Al Schackman)との出会いの場面で流れていた「For All We Know」が、私が一番好きなニーナの歌。ニーナシモンのピアノが好きだ。